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2026年04月21日(火)なぜ美容師になったのか——25年前の原点と、いまの僕を支えているもの

公開日:2026年4月21日 / 著者:中務剛志(株式会社UNBIRTHDAY 代表取締役)

こんにちは。

株式会社UNBIRTHDAY代表の中務剛志です。

気づけば美容師になって25年目。

月に180〜200人のお客様に向き合う日々のなかで、ときどき「なぜ自分は美容師になったんだっけ」と、ふと思い出す瞬間があります。

今日はそんな、25年前の小さな原点の話を、少しだけ書かせてください。

「手に職」ではじまった、とても小さな動機

僕が美容師を選んだ理由は、正直なところ、最初はそんなにカッコいいものではありませんでした。

1981年生まれで、高校を卒業する頃にちょうど将来を選ぶ必要があった時期。

周りの友人は大学進学を考える人が多かったのですが、僕の頭の中にあったのは「どうせ働くなら、一生食べていける仕事がいい」という、それくらいシンプルなものでした。

進学先として選んだのは、大阪にあるル・トーア東亜美容学校。

パンフレットを手に取って、そこに載っていた先輩美容師の写真を見たとき、「なんか、この人たちカッコいいな」と思った。

決め手は本当にそれくらいのものでした。

いま振り返ると、動機なんて小さくていいと思っています。

「こうなりたい自分の輪郭が、うっすら見えた」ことのほうが、ずっと大事だった。

そこからの25年で、その輪郭に少しずつ色がついていったような感覚があります。

鏡越しに見た「顔つきが変わる瞬間」

美容学校を卒業し、最初に入ったサロンでシャンプー担当だった頃のことです。

その日も、いつものように下を向きながら、シャンプー台で手を動かしていました。

ある女性のお客様が、「最近ちょっと疲れてて」と小さな声でおっしゃった。

そのときの表情を、鏡越しにちらりと見たのを覚えています。

肩が少し上がっていて、眉間にちいさな影があって、顔色もどこか沈んでいました。

でも、施術が終わってブロー台に移り、担当の先輩スタイリストが仕上げていく過程で、そのお客様の顔が少しずつ変わっていったんです。

明らかに、入ってきたときとは違う顔つきで帰っていかれた。

背筋が伸びて、口角が上がっていて、まるで「ちょっと前向きなスイッチが入った」ような表情でした。

そのとき、頭の中にぼんやりあった「手に職」の輪郭が、別のものに塗り替わっていく感覚がありました。

「あ、美容師って、髪を切る仕事じゃないんだ」と。

もっと正確に言えば、髪を切ることを通じて、人の顔つきや姿勢や、そこから続く1日まで変えてしまえる仕事なんだと気づいた。

これが、僕の中での美容師としての本当のスタートラインだったと思います。

「技術」より先に、「人」を好きになる必要があった

若い頃の僕は、どちらかというと技術オタクでした。

カットの角度、ハサミの動かし方、ブローの手順。

覚えることが山ほどあって、それを必死で追いかけていました。

でも、お客様がリピートしてくださるかどうかは、技術のうまさだけでは決まらない。

これは早い段階で痛感しました。

隣の先輩が、僕よりも未熟に見えるカットなのに、お客様に圧倒的に愛されていたからです。

先輩が何をしていたかというと、本当に小さなことでした。

「前回こう言ってましたよね」と覚えている。

雨の日に来てくださったお客様に、タオルをそっと差し出す。

「今日は少し疲れていそうですね」と、押しつけない言葉でそっと触れる。

技術の手前に、「人を見る」という時間がある。

これを先輩から教えてもらえたことは、いまでも自分の中の大きな財産です。

2024年、UNBIRTHDAYは主力スタイリスト6名が一度に退社するという、経営者として最も苦しい時期を経験しました。

そのときも、僕が思い出したのは結局この言葉だった。

「技術の手前に、人を見る時間がある」。

チームを立て直すうえで、最初に立ち返るべきはそこでした。

原点を思い出すというのは、どうやら一度きりではないらしい、と最近はよく思います。

ロンドンでの日々が教えてくれた「身体を信じる」感覚

20代の頃、僕はロンドンのホワイトチャペルで美容師をしていた時期があります。

日本とはまったく違う、多国籍なお客様と向き合う日々。

そこで印象的だったのは、毎日シャンプーをしない方が本当に多いということ。

週に1〜2回という方も珍しくなくて、それでも不快な匂いがする人に、ほとんど出会うことがありませんでした。

これは僕の中で、かなり大きな発見でした。

日本で美容師を始めた頃は、「毎日洗わないと不潔」という前提が自分の中にもあった。

でも、身体にはそもそも「守る力」が備わっていて、僕たちはその力をもう少し信頼していい。

そう気づいたとき、ケアの考え方が180度変わりました。

この経験はいま、ヘッドケアマイスターとしての仕事や、頭皮ケアブランド「VERYDA」の開発思想にもつながっています。

髪や頭皮に何かを足すことばかり考えるのではなく、まず「本来の力を引き出す」。

その順番を間違えない、というのが僕のいまのスタンスです。

身体を整える毎日のケアについては、姉妹サイトのUNBIRTHDAY HAIR&LIFEでも、現場の美容師目線でたくさん書いています。あわせて読んでいただけたら嬉しいです。

「なんでもない日を、より良くする」が生まれるまで

UNBIRTHDAYというお店の名前には、「誕生日じゃない日=なんでもない日」という意味が入っています。

このブランドメッセージ「なんでもない日を、より良くする」が、いつ生まれたのか——実はとても曖昧で、ある日突然思いついたものではありません。

25年の美容師生活のなかで、何度も立ち会ってきたんです。

結婚式の前日でも、就職面接でもない、「なんでもない火曜日の夕方」に来店されたお客様が、「また1週間がんばれそう」と言って帰っていかれる瞬間に。

特別な日のために髪を整える仕事も、もちろん大切です。

でも、特別じゃない日を、ほんの少しだけ良くする仕事。

そちらのほうが、積み重なると人生をちゃんと変えていく。

25年かけて、そう確信するようになりました。

いまUNBIRTHDAYでは、神戸・三宮〜北野エリアで4店舗16名のスタッフと一緒に、この「なんでもない日の専門店」をやっています。

店長たちに繰り返し伝えているのも、結局この話です。

25年目のいま、原点をどう使うか

振り返ってみると、僕の原点はとてもシンプルな3つに集約されます。

ひとつは「顔つきが変わる瞬間に立ち会える仕事」であること。

ふたつめは「技術の手前に、人を見る時間があること」。

みっつめは「身体が本来持っている力を信頼すること」。

どれも特別な方法論ではありません。

たぶん、どのサロンにも当てはまる、普通の話です。

ただ、原点は「思い出す」ことに意味があると思っています。

経営的に苦しいとき、新しい挑戦で迷ったとき、スタッフとの関係にすれ違いが出たとき。

そういうときほど、ここに戻って判断する。

そうすると、不思議と次の一歩の輪郭が見えてくる。

25年目の僕は、いまも月15日サロンに立っています。

現場を離れてしまうと、この原点の熱量を思い出せなくなる気がするからです。

経営の仕事は年々増えていきますが、お客様の髪を触る時間を全部やめてしまうつもりはありません。

代表としての想いや経営の姿勢については運営者情報ページにもまとめていますので、もしご興味があれば覗いてみてください。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

これからも、なんでもない日を、ほんの少しだけ。

髪からの出会いを通して、お会いできる日を楽しみにしています。

株式会社UNBIRTHDAY代表取締役 中務剛志

中務 剛志(ナカツカサ タケシ)

株式会社UNBIRTHDAY 代表取締役/スタイリスト/ヘッドケアマイスター。

美容師歴25年目。神戸・三宮〜北野エリアで4店舗を展開。

月15日はSPACIUMで現場に立ち続けています。

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